夕暮れ時になると、犬の事を思い出す。
僕が育った家は、小高い丘のふもとにあった。
山の頂上には展望台が造られていた。
太陽が西に傾く頃、
僕は犬を連れてその山を登った。
展望台からは工場地帯を挟んで、
向こうに海が見えた。
赤く染まっていく空の下で、
探し物でもするかのように
熱心に空と海をみつめた。
すっかり日が沈み、工場に灯りが燈るまで、
僕はじっとしていた。
犬はいつも困っていた。
主人をおいて行くわけにはいかない!
展望台の周りを、
草むらの中を何か探すふりをしながら、
主人が動き出すのを待っていた。
はたから見れば、
僕たちはお互いに、
空と地上で熱心に探し物をしているように
見えたであろう。
でも何かを探していたわけではなかった。
ただ待っていたのだ。
僕は灯りを、
犬は動きを。
そして、
帰りは真っ暗な中を一気に駆け下りるのだった。
僕は犬の息を聞き、
犬は僕の足音を聞き、
闇など少しも怖くはなかった。